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HN:小雨(こさめ) 

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近況お知らせ

お知らせしたいことがたまってきたので更新しておきます。

☆コミスペ! 様で記事掲載開始

media.comicspace.jp

コミスペ! 様でコミックレビューを掲載させていただけるようになりました。

media.comicspace.jp

コミスペ! 様は、「マンガレビューアプリ「comicspace」ら生まれた、マンガにまつわる旬なニュースや、ここだけしか読めない貴重な記事をお届けするマンガ情報メディア」様です。(原文ママ) コミック関連サイトとして急成長されているレビューサイトです。webサイトでは無尽蔵に生み出されるコミックから特定のタイトルを抜き出して紹介されています。その記事の一端を(本当に隅っこを)担わせて頂きます。宜しくお願い致します。

togetter.com

SNS発達のおかげで出版に於いて作家先生が宣伝も任されるようになっているという話題を見かけます。けれど、作家の資質のひとつに「人前に出るのが苦手」という点があるはず。

私の感じる良い漫画家の資質に「顔がいい」「恥ずかしがり」「コスプレイヤーへの興味が深い」という三点の素養があります。

「顔がいい」…美人だとかそういう浅い意味ではないです。好きな作品を出している作家さんのサイン会や同人イベントでご本人にお会いすると大体もっと好きになります。でも仏像を見て美形だとか言ったりはしないですよね。尊い立派な顔だと感じるじゃないですか。達人は大概「顔がいい」。そういうことです。

「恥ずかしがり」…人嫌いではないのでしょうが、「人が好き!」などとマイナビのキャッチコピーのようなことをいいながら渡世できる人種ではないことは明らかです。

コスプレイヤーへの興味が深い」…人間というより人体への興味が深い方の絵はうまいです、大概。性欲とかいっているうちは漫画家にはなれないんだと思います。もっと人智を超える執心を感じることがあります。

ところでここに至るまで全部単なる経験談です。信憑性があるかはわかりません。

とにかくシャイというか、人前に出て行ける人なら作家になっていないのでは。大半のアーティストも漫画家もクリエイターもそんな口上もそんな時間も自信も自作に対してもっていないケースが大半では。もちろんツイートが面白くて作品も凄い人もたくさんいらっしゃるのでしょうが、「創作が己のもつ一等の技能」なタイプが大半ではないかと。「創作以外も何でもできる」タイプは目立つので、どんな人の目にもそのコメントが流れてきたりして、つい身近に感じてしまうけれども特殊な部類に属するのではないかと感じるのです。

現代の商業漫画は漫画そのものがつまりは出版社の宣伝を担うという残酷な時代だと思う。手塚神の時代のように「漫画を描ききる才能が世間において唯一無二」という芸術扱いされていた時代とは逆転してしまっている。こんなに漫画が溢れていても根底にあるしくみが非常に冷ややかで戦争を招いている。だから兵隊のように扱われる作家がいくらでも輩出される。これは別に出版社を責めているわけではないのです。ただ才能が増えるほどに作家どころか漫画タイトル一個単位の価値が軽くなってしまうのは必然の流れで、それが非常にファンにとっては厳しくつらい。というよりも、「ファン」という存在すら育ちにくく、作品について愛を述べることが最早時代遅れなのかもしれないと感じることすらあります。論理的な解説は許されても「ただこれが好き」と述べることそのものが、なんだかやけに難しい。

公式の宣伝が作品のリリースに追いついていない漫画世界のなかで、好きな漫画や推したい漫画について書いていくことが少しでもその手助けになればいいなあと感じています。

例えば傷付いた兵士を無理に揺り起こしたいわけではなく、ただその戦果やその痕跡が消されることが解せない。痕跡を記録しておきたいという気持ちがある。だから少なくとも自分におけるレビューというのはもう史跡保護活動の一種です。なんだかいい人ぶってしまいましたがけして慈善事業ではなくて保護活動で、それって自分のためなんだよなと、そのエゴがあるということは忘れずに謙虚に記していけたらなと思います。

専業ではないので私の記事数は他の方ほどに多くはないのですが、自分の中での副次的な公約として記事を送り出す場合は必ずそっと百合の感じられるタイトルを一冊は忍ばせることを心がけていこうと思います。もうここで書いている時点で「そっと」ではないわけですが…。「隠れた名作」なんてものがあってはならない、一隅を照らしたいというそんな一心です。

 

kindle「ゆりあつめ」リリース

kindleで百合小説の短編集「ゆりあつめ」を発行しました。中にはリアル二十代だった時のいろんな意味での「生粋」の作品もあるので、本来お金をいただける様な技量ではないのですが、そう、例えば…

(暇だな…ちょっと何か読もうかな…そうだな…百合でも…いや、百合小説…分けても世の中に知られていない…素人の…気軽に読める短編集でも…読もうかな…?)

とか、なんかそういうお気持ちになった時にでも読んで頂ければ…

上記の記事とあわせて思うのですが、実際人間って自作の宣伝についてはおざなりになりがちなものです。私に至っては、「もう完成させているもの」に興味がなかったりとかします。だって人生短いんですから「これから書くもの」を書かないとならないんですよ。時間がないんですよ。商業作家ならこんなことなかなか言えませんが、素人なんではきはき言います。

ちなみにkindleは既読されたPV数に応じて収入が入るので同人誌イベントの赤字は最近ここで埋まっています。本当に本当にありがたいことです。ですから作品単位はうちは紙の本より割安にしてますが、だからといって必ず紙で読んでほしいとは思ってないです。気楽に読める方から入って下さって全然かまわないです。

同人誌やる方はkindle同時発行するといいと思ってます。本当に。

https://www.amazon.co.jp/dp/B07BV2PRY7/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_C-A1AbSTHGFYR

www.amazon.co.jp

 

☆職能百合小説無料公開

この作品については語ると長いですし語りたいことが色々あるのですが、ただリンクを貼り付けておきます…今後このシリーズを展開することに私は血道をあげたいのですがまずは読んでくださったら嬉しいです…いやもう創作者が自作について言えることなんてほんとに「読んでくださったら嬉しいです」しかなくないですか?(口語)

slib.net

 

ところで市東亮子先生の「やじきた学園道中記F」の最新刊が出ましたね。

市東先生のブログを読んだり、ツイッターをフォローしたりする、それはとても良いことです。君も篠北礼子の魅力を知ろう!

twitter.com

ymt24.at.webry.info

 

やじきた学園道中記F 4 (プリンセスコミックス)

やじきた学園道中記F 4 (プリンセスコミックス)

 

 

 

そして君も大北真潤先生の「楽園の神娘」を購読しよう! 

楽園の神娘(クロリス) / 大北真潤 - アフタヌーン公式サイト - モアイ

afternoon.moae.jp

 

 

楽園の神娘(1) (アフタヌーンコミックス)

楽園の神娘(1) (アフタヌーンコミックス)

 

 

「読者」に知性は必要ない

出版不況という話を聞くたびにそれは売る側の話題でしょ、と思う。
供給側の赤だとか黒だとかいう話を聞かされても出版社のせいだと思っていた。
文学はとっくに死んでいる。芥川賞も小説講座の広告看板にされてしまう世の中だ。
今では文学賞の受賞作はむしろ普段本を読まない人の読み物、という印象すらある。

文化庁の『平成 25 年度「国語に関する世論調査」の結果の概要』によると月に一冊も本を読まない人の割合は調査対象のうち47.5%。
その『非読書人口』のうち本を今後も読みたいと思わない人は44.7%もいるそうだ。総務省統計局の統計で平成25年度の人口は127.298.000人。つまり平成25年度の時点で約6千万人の人が本を読まない。更にそのうち約2千7百万人が今後も読まない非読書人層(?)にあたる。
読書をしない、これからもしない層について、これが若い人ならまだいい。
けれども同調査の結果で本を読まない層が多いのは七十代以上。非読書層の六割を占めている。

意外にも二十代と四十代の読書者人口は多い。
若者の読書離れと言われるけれども、考えれば自然なことながら老年層の方が本を読まない。
当たり前だ。実際に老化が進むと読書自体が困難になる。
自分も明らかに今四十代に至って「初老」という言葉が実感されるくらいに年をとるほどに読書に対する体力も集中力も落ちてくる。
だから焦燥を感じてあれもこれも読まなければと積んでいる本がたくさんある。典型的だ。実際七十代に至ってこれから読書量を増やしたい、なんて思えるかどうか。
どちらかというと人と話をして綺麗なものを見ておいしいものを食べたくなるのではなかろうか。読書なんて孤独な趣味とは縁薄くなっていくのではないだろうか。

平成25年度の四十代の読書人口が多いのは単に人口の多さのせいだろうか。
二十代の読書者の層はいっそ人口に対する割合が高いようにも思える。
あくまでも印象の話だし、数の話は苦手だけれども。

つまりは年をとるほどに読書そのものが困難になるのは当たり前の話だ。
けれどもこの国では高齢化が進んでいる。5年前の古いデータを前に何を詮議しているのか、と思われるかもしれないけれども、読書人口について公的な調査がされたもっと新しいデータを探しても見付からなかったのだ。数の話は例えにすぎない。

人って一生のうちに本当にそんなに本を読むものだろうか。
ふとそう思って調べてみたのだ。

 

働きに出るようになってしばらくは書店勤務だったから周囲に本の話をする人はいた。けれど職場を転々とするうちに平生から本を読んでいる人をあまり見かけなくなった。もしかしたら読んでいるのかもしれないが、恒常的に読んでいる人は少ない。

ところで気になるのは先の統計がラノベや漫画を読書に数えているかどうかということ。本が売れないというけれど、本を読む人が減っているのだから仕方ない気もする。ただ、実際に読む人は減っていても作品を作る人は増えているように思う。
創作者増加の背景にインターネットの貢献度は高いだろう。
同人誌即売会だって年に一回や二回だった三十年前とは違い、週末になると各地方の公共施設や商業施設を借りて色々な即売会が開催される。
個人的には同人誌だって漫画だって読んだらそれは充分読書に数えていいと思う。
今、書籍にはライバルがたくさんある。
昔、新聞のライバルはテレビと言われたが、新聞はテレビの風潮をうまく取り入れることで生き残ったという話がある。同じように今の文芸は漫画を取り込んで生きようとしているようにも見える。


書籍のライバルはインターネットだろう。電子書籍という意味ではない。ウェブ上には活字も絵も映像もゲームも溢れている。VRなんて技術もできた。

活字や漫画などの創作物が書籍にいたるには審査が必要だが、ウェブには審査がない。審査と言うのは編集者などのプロフェッショナルの目、という意味だ。
ちなみにこの話は編集者不要論の記事ではない。出版社のしくみがインターネットに追いつかない、という話だ。出版社とインターネットの関係は、現代の宇宙開発の流れに共通点がある気もする。例えばNASAでは国家プロジェクトのスケジュールが何年も何十年も先まで組まれているけれども、その間にも民間の大学や企業では最新技術が生まれて少数精鋭で資金繰りさえどうにかなれば前進するので、その効能は場合によっては大きな宇宙開発局よりも早くあらわれる、というような。
つまりは開発局は鈍重だ…とは思わない。その重さがなければ果たせないプロジェクトも採取できない正確な統計ももちろんたくさんあるのだから開発局が不要ということはありえない。

ただ出版の在り方が変ってきているのは確かであろう。
近頃SNSで「新しい漫画の単行本が出版された時に最初の一週間の売り上げが大事だ」と言う話が出回っている。消費者側への責任転嫁であって、編集者がその作品を切るときに本当にそんなことを言うのだろうか。けれども実際数字がなければ会社は成り立たないので、ある程度は事実なのだろう。

けれど、その本の売れるまでにその本は需要のある人に需要のあるタイミングで届いているのだろうか。ある書店に勤務していて目にした風景のひとつとして、例えば本を50部発注したのに届いたのが5部だった、ということもあった。そこで本が全て売れたとして、残りの45部はどこへ届けられたのか。

ある書店では、新刊を発注したけれども一部も届かなかったということもあるだろう。その一方でその出版社の本の入りやすい書店というのは確かにあって、そこにはごまんとその本が積まれている。けれども書店には「色」があって、その書店の色、つまり客層にあわない作品は手にとられずに返品に至る。
発注した書店に入っていればもう少し売れたかもしれないのに。
そんな流通のしくみが罷り通る一方で「最初の一週間で売れない」というだけの理由で切られる作品がどれだけあることか。その話は出任せではないのだろうが、その背景にあるしくみが捩れているように思われる。

まるで「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」だ。

宮沢賢治 ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記

自分が書店員だった頃の経験と照らし合わせても、おかしい、と感じることが起きている。経験のためか、ずっと出版社が悪い、取次ぎが悪いのだと思っていた。
けれども、近頃、色々のことを経て、ふと思い至った。
いいや、自分が悪い。つまりは読者の自分が悪いのだと。

平成25年度の調書によれば月に一冊以上本を「読む」読書者の人口は、つまりは52.5パーセント。読書をしない人でも、今後読書量を増やしたいと考える人は非読書者層のうち55.3パーセント。この数が多いか少ないかはわからない。
けれども自分は読書をする側の人間だ。とにかく、読書をする側の人間の、そのうちの一人だ。自分が読書量を増やせば、つまりはその一冊に対する読者を一人増やせるわけだ。そのことについて、自覚的であるだろうか。
その作品、いや商品といってもいいかもしれないが、その一冊の読者であることについて、誇りをもつことについてあまりに自覚が足りないのではと感じることがあった。
つまり、まあ、なんというかその「売れている本についてなら話題に出来る」という傾向が自分にはある。
唐突な話題変換かもしれないけれども。

いやもっと言うなら、売れている本についてしか話題に出来ない。もっと言うなら公式という出版社が推している、売っている本しか話題にできない。そんな傾向がなかったろうかと反省している。


理由を話すと多々あるのだが、例えば若木未生先生の「ハイスクール・オーラバスター」というシリーズがある。集英社コバルト文庫の80-90年代を牽引した二大横綱といえば若木未生桑原水菜だ。双方私は耽読したが、とにかく私は若木先生のファンだった。
リアルな高校生の頃から、彼女のファンだ。
「ハイスクール・オーラバスター」について語ると長いが、完結にあらすじを語ると平凡な高校生の崎谷亮介がある特異な現象や人物に遭遇し、事件に巻き込まれていくうちに己の特殊能力に気付いていくという学園SFである。
それに登場する「術者」と呼ばれる少年たちの友情やら絆やらが、当時コミックで既に人気を得ていた「BL」のテイストを帯びていた。それが小説に移行してきた時期の最も代表的なシリーズのひとつだ。結構な深みにはまったものだ。
今ではBLにさほどの興味はないが、当時同性愛を扱うものはBLしかなかった。(BLという言葉すらなかった時代だ)


はまりまくって同人誌も作ったし、そのイベントで知り合った友人や、クラスメイトも巻き込んでとにかくその魅力を語りまくった。その頃はコバルトのシリーズ物が何十冊出ていても、三・四冊を一晩で一気読みなんてことも平気だった。十代って怖い生き物だと今は思う。

後々でライトノベルと呼ばれるものの先駆けだったのがコバルト文庫だ。少年向けの分野においてはどうか知らないが、少女向けのブランドとしての地位を確立していた。
若木先生のシリーズも桑原先生のシリーズも、どちらも当時人気のBLテイストを帯びていたとはいえ(桑原先生のシリーズはもっと顕著だった)、骨子は「少女小説」といったやさしい言葉で片付く作風ではなかった。のちのSF系のトークイベントで若木先生が語られていたが、オーラバスターは明らかにSFであったにも関わらず、少女向けであることから「ファンタジー」というコピーを抜け出せない帯がついていたそうだ。
だが、明らかに若木作品はSFを扱っているし、桑原先生は確かな日本史の知識を下敷きとした小説を描くことによって今で言う「歴女」のパイオニアとなるファンを生み出した。
閑話休題。とにかく当時のオーラバスターのファンが十代の間は周囲にたくさんいた。
語る相手に恵まれていた。けれども、ある時、そのシリーズが変化の時を迎える。それまでの挿絵担当者が一新されたのだ。挿絵というのはライトノベルにおいて大きな存在で、それが一部のファンの反感を買ってしまった。特に同人作品を作っているファンにはそれが多かった。私個人は、というと何とも感じていなかった。
いや、何とも感じていないわけではない。けれども新旧の挿絵の担当作家のそれぞれの良さを理解できたし、何よりも大切なのは活字だった。
小説の著者は挿絵担当者ではない。いかにそれがライトノベルであっても。
けれども、二次創作の作り手は大半が絵を重視していた。当時の自分がそのあたりの事情を理解していれば失望しなかったところだろうが、同人誌の作り手、というファンに囲まれていた自分は作者の悪口雑言をリアルに彼女たちから聞かされることになった。
トラウマといってもいい。私は困惑した。何故急に神様と呼べる存在である作者を彼女たちが悪しざまに毒づいて揶揄して笑い話にまで貶めるのか、わからなかった。
今ならその背景を察することができるのだが。
彼女たちは原作の絵が変ったことによって、自分たちも絵柄や作風をあわせねばならず、それに対する労力に文句をいい、「萌えの源」がなくなってしまったと毒づいていた。彼女たちは絵を扱うので絵を重視するのは当然だった。

今なら察することはできる。共感できない点は変らない。

 

自分にとって相容れない場所でファンをやってしまっていたのだ、と思う。

 

それでも私は作者も作品も好きだった。活字を重視していた。いや、「原作」を愛していた。その後も何回も何回もオーラバの二次創作小説が書きたくてコミケットに申し込みをした。そこには「原作」への愛しかなくて、スペース確保のための戦略とか作品の同人誌マーケットにおける市場価値なんて何も考えてなくて、ただひたすらな愚かさしかなかった。だからものすごく孤独だった。
語り相手もいなくて、サークルは落選続きで、ただ「好き」という気持ちだけが残る。
今考えるとそれを二次創作で表現していたこと自体がいかがなものか、という気持ちに占められる。間違いではないのかもしれないが、それでは結局届かない。

その後オーラバスターシリーズは出版社を転々として、新作も出たけれども旧作の出版は打ち切りという状況に至っていた。けれども、今年の二月に入ってから、元もとの出版社である集英社から電子書籍として発売される運びになったのだという。
もちろん新刊が出た時も嬉しかった。けれども、旧作の出版は尚更嬉しくて嬉しくて嬉しい! と思った。どうして急に出版の運びに至ったのだろう、と若木先生のツイッターを拝見していて、ふと手がとまった。

とにかく読者のリクエストがあったからだ、かなったからだ、ということがわかってきたからだ。激しく後悔した。私、リクエストに参加していないではないか。
何たる不始末。ファンとして恥ずかしい…いや、それよりもファンと言えるのだろうか。どうしてこんなていたらくに陥ったのだろう…と鑑みて、どうしても「ひとりきりのファン」と覚えていた時期のことを思い出した。周囲が悪いわけではないのに、自分に読者としての自覚が足りなかったのではないだろうか。
そもそも私、若木先生にファンレターの一通も書いたことがあったろうか。
いや、あった。あるんだけれど、本当に一通だけだ。
いや、メールも送ったことがある。けれども、それってそんなにたくさんではなくてサイン本がほしいという企画に応募しただけだ。
どうなんだろう、ファンとして。大衆の一員として二次創作に興じていただけで、読者としての自覚が足りなかったのではないだろうか。ただ周囲に同じファンがいないというだけで、読者としての義務を怠っていなかったか。いや。
ただ一人きりであるというだけで、その作者のファンであるということを誇れない。
そういう自分にすっかり気付いた。

学校のクラスメイトに熱心な若木先生のファンがいて、彼女はせっせとファンレターを書いていた。つまり私もそれを見習うべきだったのだ。大人のふりをして同人誌を作っている場合ではなかった。絵を描ける友達に憧れていたという面も手伝っていた。けれど自己弁護だ。

 

実はオーラバスターの件だけじゃない。今年に入ってから、自分はもっとファンとしての自覚をもっていたらよかった! という気持ちに陥ることがあった。
強く、そう感じることが。

読みたい本が読めなくなるのは、絶対に出版社のせいではない。もちろん作者のせいでもない。私が読者でなくなってしまうとすれば、そうあろうとしてもその本を入手できなくなってしまうとすれば、読者の資格を失う時があるとすれば、それは自分のせいだ。自分の周囲に語り相手がいないというだけで、読者としての誇りを失ってしまった。たった一人でも、その作者の読者であることをもっと王様みたいに誇りに思って求めていなければいけなかった。ひたすらコミケットに一人で申し込みすることはできたのに、リクエストできないなんて馬鹿みたいだ。いや、違う。

他の読者がいない作品を愛するなんてできない、という知性とか恥じらいが余計だったのだ。
求めよ、さらば与えられん。って、こういうことなのではないだろうか。

つまり愚かでなければならない、もっと。裸の王様でもいいから、ロバの耳がついていてもいいから。愚図でいいから読者でなければ。

そう感じることが、あった。
まわりに仲間がいなくたって、読者であることを恥ずかしいとか人に隠したいとか絶対に思わないようにしなければ。全体の半分の本を読む側の一人、絶対数としてそれは少なくない大多数即ち大衆のうちの一人かもしれないけれども、作者にとっての一人の読者であることを、自分が、自分こそがその作者の読者であることを作者に幸せと感じさせるような、そのような一人の読者であらねばならない。ということを、強く感じている。

 

出版不況ってなんだろうと思う。本が売れなくなっていく。
それは私がその作者の本を読めなくなることと関係あるのだろうか。不況だから売れないから私の好きな作者の作品が読めなくなっていくのだろうか。編集者が作者に宣伝を押し付ける、という問題がSNSで話題になっている。それが善か悪かなんて考える暇なんてない。それってそれ以上に読者が作者に宣伝を押し付けてるってことではなかっただろうか。

私が。出版社とか作者に依って、周囲の仲間に依って、読者たることを忘れていないかどうか。そのことが一番大切だ。購買するだけじゃなくって、リクエストしてレビューを書いて。そんなことを、愚者の王様みたいに行わなければならない。王様みたいに自覚を抱いて、愛する作品について何でもいいから気持ちを打ち明けて。出版社主導の作品には目を向けないとかそういうことではなくて、もうもっと単純に好きなものは好きといわねば。
まわりに誰も同じ本を読む人がいなくても、大事な一冊を大事にすることを忘れたら駄目なんだ。

泉谷しげるが「馬鹿にも知性が必要なんだ」という名言を随分昔に『クイズ・音楽は世界だ』という番組で発していたけれども、多分「読者」には必要ないのだ、知性。馬鹿でいい。

地球上最後の一人の読者になってもファンでいますなんてのは無理な理屈で、読者が地球に一人だったらもうその本は出ないんだよな。ひしひしと感じてる。馬鹿でいいから布教せねばならない、打倒・聖書だ。我が愛する本は聖書よりも読まれなければならない…それくらいの心意気でいきたい(ものの例えであって宗教論争をおこしたいわけではないことを明記します)
肝に銘じようと、そう思うことがあったので、ここに備忘録として記しておく。

告知

あけましておめでとうございます。

 

数万年ぶりにホームページを更新しました。

水曜区

 

綾奈ゆにこさんと共有のnoteを開始しました。

ゆにこさめ|note

さらっと言っているけれども、緊張しています。いや、私から持ちかけたのですが…!(でも電光石火で綾奈さんが応じて下さってほんとに感謝しています)

百合や、百合でない話題も、日記や、日記でない創作も色々放り込んでいくゆるーい集合場所になればなと思っています。じわっと長く続けられるといいなって。宜しくお願い致します。

 

GirlsLoveFestivalSP3  JK同士百合ONLY「Lyceer Lilia Memoire」参加します。3/18です!

スペースはJ05「甘辛パラダイス」です。

百合オンリーイベント「Girls Love Festival SP3」

念願のGLfes初参加です。川崎なのでちょっと遠いかな。

百合展のあとに泊まりの予定にしたけどどこ行こうかなー的な余裕のある方は是非(どういう宣伝だ)。新刊はないですが何かペーパーとかもって行きたい…

 

今月中か来月くらいにもうひとつ新しい仕事始まるというか、記事掲載先がひとつ増えそうなのでしばらくはそちらを頑張ります。漫画、読むぞ。

あと、ずっとお蔵入りにしていた作品を引っ張り出してくるつもりです。それは五月とか六月くらいに積み上げていきたいな。

共有noteを所有したことで自分のnoteにも目が向いているので、ちゃんとそっちも更新します。

 

 

百合発行物まとめ

2017夏冬と発行した頒布物の販売経路整理のためにもご案内させていただきます。

 

2017夏のコミケット発行「ふじょ☆ゆり あのこにヒミツを知られたら」

豊田あしほは生徒会長。
生徒の手本となるために自分の『趣味』を隠していた。
ある日共通の趣味をもつ御剣蘭(みつるぎらん)にあっさり暴かれ本性を紐解かれてしまい、ついには恥ずかしいことを強いられるように。一方、蘭の前には不穏な青年と美少年の二人組があらわれて…!?
教師や不良やオタクたちを巻き込んで展開される腐女子×腐女子ガールズラブコメディ、開幕。

《委託・通販》

メロンブックス様(予約受付中。2月には通販開始されると思います)

www.melonbooks.co.jp

●COMICZIN様(現状、購入不可となっています…やがて再開されるのかも)

COMIC ZIN 通信販売/商品詳細 ふじょ☆ゆり あのこにヒミツを知られたら

電子書籍

kindle

 

ふじょ☆ゆり あのこにヒミツを知られたら: 本編

 2017冬のコミケット発行「愚図にトリセツは存在しない」

ある寒い夜に加湿器が壊れた。
私、佐藤みやびは問い合わせをひとりでこなし、修理依頼するために家電を梱包して家を出た。
扉を開いたらそこには高校生のときからの腐れ縁・白石いづるが待っていた。
白石は女性から女性へ渡り歩く性質の悪いレズビアン
女にふられて行くあてがないと転がり込んだ白石を追い返そうとするも、壊れた家電をきっかけに同居することになり…

春夏秋冬をめぐる季節家電と白石と『私』の同居生活。
実在の家電が登場します。

メロンブックス

www.melonbooks.co.jp

愚図にトリセツは存在しない

 

愚図にトリセツは存在しない

愚図にトリセツは存在しない

 

 

そんな感じで改めて2017年は二冊も同人誌を出したのでがんばりました。(生きているだけでえらい論法)いや実際腐女子百合の小説本は番外編もいれるとかなりの厚みなので大変だったのです。

これをふまえて2018年は職能百合の本を出したいと思っています。あるいは外道百合。

 

ところで「既婚者女性が少女と出会い一過性の百合では? と悩みながらも最終的には好きで好きで仕方なくなって特に悪者でもない夫と離婚する百合(なんかこう財産とか立場とかなげうつやつ。確かに社会通念上夫を愛していたから少女に信じてもらえず一度はふられて苦しむやつ)」を書くとツイッターで宣誓したのでそれをちまちま書いていくつもりです。

でもこれ脳内に白百合版と黒百合版とあって、とりあえず白百合版から書き出してみています…

slib.net

今年はもう少し書く時間がほしい。

もしお気に召す作品がありましたらkindleでレビューなどくださいますとおおいに喜びます。宜しくお願い致します。

「百合ナイト 第0回」にいってきました。

2017年1月14日、歌舞伎町ロフトプラスワンで開催された「百合ナイト」に参加してきました。

百合ナイト、大変充実した一晩でした。

行ってみましたところ、ガッチガチの安定百合オタイベントでした。

『百合ナイト 第0回』 – LOFT PROJECT SCHEDULE

 

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ざっとですが記録しておきます。

もう少し詳細に綴りたい気もしますが、概要を。

 

橘田いずみさんや小玉励さん、沼田誠也監督、淡乃晶さん、高橋みのりさんと森島明子先生、それぞれに百合に造詣が深く安心できるイベントでした。

冒頭で好きな百合を一冊紹介するのはいい構成だったと思います。

 

橘田さんの「百合が好きといってもなかなか語る機会がない」という気持ちがひしひしと伝わってきて、かなり共感。SMチックな百合が好きだったりと、思った以上にエロスに貪欲な方なのだなと感じられて面白かったです。こういう言い方は失礼なのかもしれませんが既知の百合愛好家と完全にノリが同じだった。なんだか友達の話を聞いているような既視感があり個人的に入りやすかったです。百合好きの共通点なのかもしれない…

 

森島先生の「女の子は好きって周囲にいえるけれどオタクだってあまり言えない」というお話、創作活動などをしている者として深く頷く一幕がありました。

百合そのものというよりも、妄想や創作ってそうだよね! と。

この一言、ひょろっと聞こえたワードだったんですが、百合関係なしに感動してしまった。

自分も百合や女子が好きと言うことはリアルに言いやすいのですが、創作活動を周囲に漏らすと引かれてしまうことがあります。リアルはいいけれども妄想はNGという恐らくは先生の学生時代(かな?)の青き悩みが伺えてぐっときた。現在でも学生などの若さだと創作活動していることは言いづらいという風潮はあると思うんですよ。いや大人でもプロでない限りはなかなか悩ましい。

ユリ熊や百合姫に関するコメントも伺えました。生命感のある明るい未来のある百合が好きといった心持を明かして下さって、漫画の通りにまっすぐで。今まで参加したトークイベントよりも好きなことに関する話題であるため、参加できて嬉しい、楽しいと仰っていたのが、百合ファンとしても嬉しく感じました。女子が女子のハートを射抜く、みたいな表現が好きというお話を幾原監督にされていたそうで、けれども恥ずかしいから秘密に…ということでお願いしたそうなのですがバリバリにアニメに活用されていて驚いたというお話がとてもレアでした。

ユリ熊の「射撃」っていうモチーフは、殺傷ではなく女子力(百合力)をあらわしていたんだなーと実感。そういう視点で考えると、ユリ熊への洞察がとても深まる。なるほど、鉄砲を持って追いかけてる姿は単に女子に恋する女子だったのか!?

「心臓を射抜く」というより「ハートを射抜く」だと仰っていて、確かに意味合いが大きく変ってくる。ユリ熊嵐、もう一度見直したくなりました。

 

沼田監督や小玉監督はそれぞれに百合アニメに関わっている方々で、けれどもアニメをあまり見ない自分は作品を拝見したことがなくてどんな感じだろうと思ってました。しかし。のっけから「harmoney」や「ダーティペア」や「ハスメド」などディープな百合のタイトルが飛び出してきたので、信頼感がすごかったです。ハスメドやダーティペアについてはもっと語って下さってもいいのに、と感じました。

ストパニミルキィホームズ、2018年になって今更かもしれませんが見てみようと強く感じました。信頼…!!

 

高橋みのりさんは作品のプレビューなども見せてくださいました。百合展やガレットの時から色使いが美しい百合写真を撮影される方と知っていたので、ご本人をお見受けできて幸いでした。写真家らしい控えめな方で撮影される写真のイメージそのままな雰囲気。美しい一枚の撮影裏で少女たちが自然に百合的な仕草を醸したと語られ、マニア垂涎の裏話でありがたさが凄かったです。

 

淡乃晶さんについて、今回最も興味をもってうかがった方でした。舞台で百合を演目としている方がいるということ自体、この百合ナイトで知りました。映像をちらりと見て内容を多少伺っただけでしたが、悲恋や「いやいや」なシチュが好きなかなりディープな百合好きなお方で、舞台に興味がわきました。DVD買ってしまったよ…

 

「百合なめんじゃねえ」というTシャツを宣伝しており、エポックメイキングだと思いました。買えばよかったな…と思ったら劇団fragment edgeさんの公式HPでトートバッグはまだ売ってらっしゃる。買おうかな。

fragmentedge.thebase.in

 

皆さんのそれぞれの百合への想いが溢れているのが伝わってきました。

途中「百合女子会」が入り、森島先生、橘田さん、高橋さんだけの三名で語る時間があり、とてもほのぼのした気持ちに。

最後に森島先生からは「百合は宇宙…みたいな話がもっとしたかった」というキーワードが出てきて、それが締めの言葉になって、しまいにはポーズまで決めることに。

ポーズがなかなか決まらず、けれども小指を絡める仕草によう、という森島先生の提案で決まったのですが、長年百合に携わってきた先生だからこそまろびでるポーズではないかと思いました。強い…強さがすごい…と感じました。

小指を絡める、というポーズは最高だし、百合の本質を本当に理解されていらっしゃる。最後の締めが「百合は宇宙」になろうとは誰が予想できたでしょう。

 

しかしロケーションがちょっと寒かったかな、という感じです。自由席であることを失念して末端の席になっちゃった自分が悪いんですけどね。何故かこの手のトークイベントはチェックが甘いときがあって端っこになりやすいのでもうそういう宿命なんだと思う。同じロフトなら阿佐ヶ谷とかのが嬉しいな…けれど去年「捏造トラップ」試写会も歌舞伎町でしたので、歌舞伎町にこうして百合カルチャーがじわっと根付くのも楽しいのかもしれません。

 

結論、オールナイトでもまた遊びに行きたい楽しいイベントでした。

またやってほしいなー!

 

 

創作百合小説を百合っぷるに頒布してもらうとはこんなに楽しいことだったのか。

あけましておめでとうございます。
今回はコミックマーケット92のアフターレポートです。

我がサークルスペースに百合っぷるがやってきた話をします。
サークルスペースとはコミケット即ちコミックマーケットにおける頒布領域のことで、ここで語るコミケットとはC93のことを意味します。
今回のコミケット、私は創作百合ジャンルでサークル参加させていただきました。
百合が好きだし百合が読みたいし百合が書きたいからです。
ただ頒布にあたりどうしても助っ人が必要でした。
コミケットは周知の通り過酷なイベント。夏は暑くて冬は寒いのです。
何を言っているのかあたりまえのことを、と思われるかも知れません。
三日間でのべ五十万人が集う国際展示場という特殊な場所において、盆暮れを費やして消化される「季節」の「存在感」とは花鳥風月とか風流とか風雅とかそういう存在ではないのです。
コミケにおける「季節感」とはコミケが打ち立てられて初めて日本人が体験するであろう刺激に溢れているのです。
もう「夏」といったら「人が多いし暑いし臭い」を意味するし、「冬」といったら「海沿いの広大なコンクリート空間に暖房装置もなしに放り込まれ時間帯によってはシャッターが『開かれ』凍てつく風に晒される」を示すのです。
コミケには四季なんてありません。季節は二種類しかないのです。
前回、「夏」の側では売り子さまに恵まれたのですが今回の「冬」では売り子招致に困っていました。
そもそも自分にまず友達が少ない。オタクの友達となると更に少ない。
もう不惑を迎えた独身のレズビアンが売り子に恵まれるわけがないのです。みんな結婚して東京都下のマンションで家庭を築いて立派にやってます。年々届く年賀状も減っています。
私が神絵師ならコスプレ売り子さんを招致できたのじゃろうか…。
いや「創作百合」におけるコスプレってなんじゃろう。
創作百合で売り子を頼むなら百合っぷるに頼むしかないだろうけど知り合いのレズに同人誌即売会の売り子頼めそうなタイプがおりません。仕方ない。数時間愛○星夜の話を拝聴する耐久レースを覚悟しかけていたのでした。
しかし不意にそのひらめきが舞い降りたのです。

いるではないですか。いるのです。
コスプレではないがこれ以上ふさわしい二人はいないであろう創作百合ジャンルの売り子に適した百合カップルがフォロワーさんにいるのです。
それがこのお二人、創作百合写真を撮影して活動されている「lovelyChuChu2」の陽姫さんと月音さんです。端的に言えば女神なわけですが…

twitter.com

創作百合写真の活動をされている方は一人や二人ではないし、既に著名な創作百合写真の撮影家もいらっしゃる。
そうした創作百合写真の被写体。
これ以上創作百合スペースの売り子に適した存在はいないのでは?
被写体である方にフォローしていただいているという光栄に既に私は浴しているではないですか。でもご迷惑ではないだろうか。そしてお願いするのすごく恥ずかしいよ…嫌われたら…どうしよう…どうしよう…なんてこだわっていられるほどの時間はもう持ち合わせておりませんでした。
いいとか悪いとか恥ずかしいとかそういう場合じゃない。
天使二人に早速DMしたところ、なんということでしょう。
お二人はご了承のお返事をくださったのです。

軍人百合も好きな女の子二人とですよ。
そんなお二人とすごせる冬コミが約束されたのです。
それだけで諸手をあげて喜びたいのですが、事前に二人からDMが届きました。
当日の服装はどんなものがいいかという確認でした。

選択肢その一は「色違いのワンピース」。
その二は「甘い×クールな服装」という内容。

えっ、選んでいいでござるか、拙者が…ふぉあ…ぶひぃ…
お心遣いの細やかさに合掌しながらも苦悩します。
だって選べますかねこれ。半分キレそうです。色違いの双子感をかもし出される百合も好きだし、甘い×クールな服装とかもう大好物じゃないですか。選べない選べない。ちょっと遺伝子研究して二人を四人に増やしてくるから全部着てきてほしい! あっ! でもそうするとサークルチケットの数が足りなくなるから(三枚まで)最終的にあぶれた一人と私が一般参加で並んで待機すればいいのかな?
迷いに迷って、サークル名が「甘辛パラダイス」なので統一しようと甘い×クールを選択させていただきました。いや、めっちゃ嘘です。私がそっちを好きなだけです。

楽しみで楽しみで眠れず、準備は押す一方で実際眠れずに最悪のコンディションで迎えた12月31日。私は待ち合わせの時間に大幅に遅刻をしました。すごく最悪です。遅れるなんてせっかくご降臨くださる天使に対して私は阿呆か。悔やみながらも連絡をして駅のホームで待ち合わせると二人は笑って迎えて下さいまいた。謝罪するもそもそも怒っていらっしゃらず、待ち時間寒くなかったか尋ねるもスープを飲んで待っていたそうでして、大人な対応で本当に助けられました。っていうか二人の喉を暖めるスープが羨ましいです。

まあ本音はとして、写真や動画で拝見したことはあるのですが、ちょっとは工作してるんじゃないのか? とか思うじゃないですか。違うんですよ、実物も素でかわいいし動画や写真よりかわいい。美しい。怖い。何この二人の輝きやばい。スペースにこんな美女二人がいたら私閉場時間には正気を失っているのでは?
私、どうしよう…恥ずかしい…何でこんなオタクがこんな美人二人を呼んじゃったんだろう…と劣等感にさいなまれるような年齢でもないのでテキパキとなんやかや自己紹介してりんかい線へ搭乗。国際展示場駅へ移動。年をとるって素晴らしい。

陽姫さんは声がかわいくて顔もかわいくて全体的にかわいいの…
月音さんは凛々しくてスレンダーで動作がタチの雰囲気に溢れたイケ女ンだよ…
本当にありがたいと思いながらも実務的な話をしたり仮眠をとらせていただいたりと臨戦態勢を整えていきました。

会場への移動中、ふと気になったのでお二人の関係性を尋ねてみると、なかなかはっきり教えてくれないので逆にどきどきしてくる。月音さんの返答のはっきりしないところを見てこれ以上問うのをやめようと諦めかけると「セフレなんですう」と甘い声音にふさわしからぬ単語をぶちこんでくる陽姫さん。陽姫さん? 
どちらかというとまじめに見える陽姫さんがいうとしゃれに見えないからやめてっていうかそんなかわいい声でセフレとかいわれると眠れなかった脳内のクラムボンがかぷかぷ笑っちゃうよぉ…
その後も月音さんがモテて大変でやきもちばかりやいてしまう、大変、といったことを陽姫さんから聞かされる。
ははーん、私、あてられてるな? もっと聞かせて…嬉しい…
夢にまで見た「百合っぷるのネコの側の愚痴を聞かされる友達」のポジションを私は今体験している…? 
多分これあとで売り子という依頼だけですまないオプション追加の高額請求がきて同人活動終了に追い込まれる…?
どこまで本当か嘘か冗談なのかわからないままに「いい目覚まし」を頂きつつも夢見心地という不思議な状態で入場。

すべては私の不手際ですが、入場には間に合うも引き取りに遅刻してしまったことが判明。一旦、新刊だけを広げることに。
そこで私は陽姫さんにクロス敷きと留守番を頼み、月姫さんに荷物引取りをご一緒にお願いしました。
スペースの留守を守る陽姫さんの姿は完全に月姫さんの留守を預かるかわいい奥さんだったし、共に連れ立っていこうとしてくださる月音さんの姿は完全に仕事に赴く陽姫さんの配偶者…☆
なんだろうこの、夢いっぱい☆百合空間☆みたいな現実…
私、りんかい線に乗っているうちに死んじゃったのかな…
一瞬一瞬を撮影したい…
いや、けれどまわりのサークルさんに迷惑だから撮影できないしそんな時間がないのが悔やまれるしでもすごいありがたいし尊いしありがたい。もうとにかくイッパイイッパイでした。

移動しながらも月音さんとしばし雑談。
普段はどういうお仕事だとか、そういうお話などをする。
(後で聞きましたが二人の素性は各々ふさわしく、その関係性がまた…内緒だけど何そのそれ…かっこいい…っていう感じでした)(内容のある言語が発話できないなら黙っていよう!)
その合間に会話のノリなのか「こさめさん、私を好きになってくださいよ」と言い出す月音さん。頭の中でオプション料金が加算されていく。すいません、月音さん…私に払いきれない額以上のサービスは困ります。本当に始末に追えないクソレズを演じてくださってありがとうございます。口座番号を教えてください。
後で陽姫さんに言いつけちゃいますよ! 的なことを返しながらも、ああ、私は今立場的に「後でネコといちゃつくためにクソレズにダシにされるモブ」の役割を与えられている…と陶然となりました。五万でいいですか?

何度か外とスペースを行き来しつつ、お二人に新刊の帯を巻く作業をお願いする。
大変嬉々として折ってくださる二人がすごくかわいい。かわいい上に、少ない時間のなかで本当に的確に作業をこなしてくださったお二人に感謝です。そしてこんな手落ちばかりの変態がサークル主で申し訳なかった。

 

開場してからは早速買い物やご挨拶などに出かけたのですが、その間にもスペースでお二人が売り子をしてくれているのだと思うだけで幸せ。戻ってきて入れ替わりで二人が仲良く連れ立っていくのを送り出すのも幸せ。果てには陽姫さんのワンピースのリボンを月音さんが直す場面があり、私の口座からはオプション料金十五万円が引き落とされることが確定されるのでした。
創作百合小説を百合っぷるに頒布してもらうとはこんなに楽しいことだったのか。
創作百合小説を百合っぷるに頒布してもらうとはこんなに楽しいことだったのか。
良かった。
愛○星夜の話を聞かされていたかもしれない世界線の自分よ、さようなら。
今、私は女の子ふたりがいちゃいちゃする自スペに出入りするサークル主を楽しんでます。そんな余韻に浸りつつも、なんやかやで新刊はいいペースでお迎えされていきました。(ありがとうございます!)

一方でお二人はコミケ初体験ということで、新鮮な反応もちらほら。特に出際には凛としていた月音さんと宅配の荷物のあれこれで出歩いているうちに、彼女が次第に形成される列に青ざめていくさまが面白かわいかったです。
「こんなに人が…イエーイ!とか、わー!とか言わず無言で…」
ツボにはまったのか笑い出す様が新鮮でした。
そうだよ。
オタクというのはね、イエー! とかウェーイ! とか騒ぎもせずにじーっと王蟲のように壁際に向かって黙って並んでいられることのできる群集なんだ。
そういえば自分も初めて三日目で男波を見たときは恐怖を覚えたことがあり、そのときのことを思い出しました。
しかしこんなに凛々しいのにちょっとヘタレな一面も持ち合わせているとか、ギャップの魅力が満載かよ勘弁してください。もう自己破産宣告を覚悟する勢いでその場に伏して御礼を言いたかったのですが、理性が若干保てなくなっている初心者相手にそのような奇行に走れば余計にストレスを与えてしまうことでしょう。頑張って己を保ちました。シャッター外の出店も新鮮だったようで、陽姫さんに報告しているさまが愛らしくて愛らしくて愛らしかったです。
二人を送り出してから、私はスペースの机の下の棚にしまわれていた自分のものではない同人誌に気付きました。
こっそりとえっちな百合本を入手していた陽姫さん…☆
良かった…! 興味ある本がみつかったんだネ…☆
今夜は月音さんと実践するのカナ…?☆
やべえな。帰りに秋葉原で盗聴装置とか入手できねえかなとか思うのも自然の摂理。
私は、百合を好きで良かったと思いました。(作文)

もう本当に一緒にいるだけで色んな仕掛けがあるの…

色んな仕掛けがあって油断ができない一日だったんです…助けて…

なんかこういうアトラクションないかな?

教室を模したカフェかなんかに入るとそこここに百合の形跡が見受けられて尊さで立ち上がれなくなるような、そういう百合ハプニングバーみたいなのがほしい…

いっそ私が起業してやろうかちくしょう…殺す気かちくしょう…

 

帰りはせっかくなのでシーバスに搭乗しました。
革張りの椅子はゴージャスなので三人で掛けたのですが、その配置が良くなかった。
私が真ん中に座り、両隣にお二人が。
「好きなタイプは?」などと聞いてくる陽姫さん。星座占いの話ではしゃぐ月音さん。
完全にいかがわしいレズビアン専用キャバクラだよ、ここ。
ドンペリいくら注文すればいいの?
フルーツも食べる?
東京観光汽船はいつからこんなサービス始めたの?
ここはシーバス…だよな?
お二人は実際もう本当にその手の仕事で食っていけそうだし、私は口座も閉鎖されているので自宅を担保に出すしかないけどそれでもいいか。
ホステスレズビアン、しかも上級の売れっ子バリタチだけどちょっとヘタレ☆な月音嬢と、天然スイーツなのにたまに恐ろしいことを言ってくる陽姫嬢に囲まれ、ただただありもしない金を自己投資もせずレズサロンのトップ2な二人にぶっこんでしまう不惑オタク廃課金レズ自分みたいなものを発見して、いやこれ今日はコミケで二人は売り子だったからいいけど将来的に本当にこういう店できたらやべえな…とひしひしと危機感を覚える年の瀬でした。

しかも帰りのりんかい線で陽姫さんのお顔(髪?)のごみをとってあげる月音さんという構図が席の配置的に私からは二人が甘いキッス(80年代の表現)をしているようにしか見えなくて…
ついに私は家も財産も失い路頭に迷うことになるのでした…
ありがとうございました…

ご馳走様でした…

 ☆

実質、創作百合ジャンルで創作百合の被写体さんを招致する試み自体をしているサークルさんを見たことはないのでかなりな勇気がいりました。でも、お招きしてよかったです。
実写とアニメや漫画は別! と考える百合好きさんも中にはいそうですが、参加者さんや周囲のサークルさんの反応も悪くなかった。
月音さんや陽姫さんにとっても緊張することが多かったかもしれませんが、楽しんで下さったようで良かったです。良かったらまたいらしてほしすぎる。
美しい二人に遭遇できた一般参加者さんの感想も知りたいところです。


陽姫さんと月音さんに心より感謝申上げます。

個人的には今回のイベントでは自分の反省点が多く、なんだかんだお二人への事前アナウンスも不足していた感もあり申し訳なかったこと(でもお二人は終始優しかったしずっと楽しそうにしてくださったし合間合間に「初めてのコミケ」をお二人なりに楽しんでくださっていたようで良かったですしかわいかった)、サークル遅刻はしていないものの宅配の引き取り遅れや尊敬する作家様方へのご挨拶が充分できなかったこと、っていうか徹夜は個人的に最大タブーだったのに時間がなかったこと、次回以降は改めたいと感じました。

そして! コミケットにおいて、私の創作物である家電レズや腐女子百合を入手しにきてくださった参加者の皆様に、心より御礼申上げます。

そんな感じの我がサークルですが何卒本年も宜しくお願い申上げます。