我望百合本『復刊』/百合幼年期の終わり

唐突ですが好きだったけど手放してしまい以後絶版された百合小説や、話題だけど入手できないままに絶版された百合小説、所有しているけれど単にもっと万人の手に渡ってほしい百合作品などを復刊ドットコム様でリクエストページを作成、自ら投票してみました。

まずは『愛百合女学院へようこそ』。

ちょっとエッチなのですがそこがいい。

前半がライトテイストですが後半のシリアス展開は素敵です。

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既読なのですが手元になくてまた読みたくて探してみてるのですが中古本しかない現状です。

 

 

『ダブル・エンゲージ 偽りの姫は騎士と踊る』

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姫と女騎士というだけで気になってはいたものの書店であまり見かけずにそれっきり…。素人くさい買い逃しをしているのが悔やまれているシリーズです。

 

『ワイルドブーケ 花の咲かないこの世界で』

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こちらも女同士の主従関係というだけで以下略…

読みたいものです。

 

「.(period)」

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こちらも既読だし所有していたのになあーという一冊。

実は今回復刊リクエストにあたり著者様の現在を確認していたら瑠璃先生は既に他界されていることを知りました。遅すぎるリクエストだと実感してしまい、悔しさと切なさを感じました。

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復刊ドットコムさんではリクエストの時に価格や特典の希望を細かく確認してくださいます。まず加筆や未収録作品を希望していたのですが、ご本人が他界されているとあってはそれができない。哀悼の意を表してリクエストしました。

ちなみに表紙が玄鉄絢先生なのです。今考えるとなんて豪華な。

女の子でマフィアでアダルトな展開という自分のために誂えたのかというような一冊なので…す、好きなんです…。復刊してくれたらいいなあ。

 

そのほかにも自分がリクエスト作成したわけではありませんが投票させていただいたものも。

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タイトルが気になっていたんです。

しかし『.(period)』といい『384403km』といい物凄いネーミングセンスだ。

本屋でこれらを発注するときになんて読めばいいのやら。

すぐに伝わると思えない。

タイトルってものすごく大切なんですよね。

恐らく当時は長ったらしい状況説明タイトルがブームだったのに、これだけのわかりにくさを打ちだしてくるのは冒険だったのでは。

両方とも共通点があるとすれば玄鉄絢先生が表紙を担当されていること。恐らく一定数のファンが獲得されると見込まれてこの難解タイトルが通ったんじゃないかなー。

個人的にはすごく好きなネーミングです。

 

ラノベばかり続きましたが漫画もリクエストしてみました。

大北紘子先生の『月と泥』。

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平成に入って以降に発刊された百合漫画で一番好きな作品はこれです。

いや世の中すべての百合漫画を読んだわけではないけれど。

 

百合のムック本に百合作品について個人ランキングを寄稿した時にもどうにかして推そうかと迷ったんですが、恐らく私が寄稿しなくても「月と泥」ならば掲載されるであろうと踏んでいたので敢えて自分が推す必要はないと感じたのです。

しかし、個人的には好きで好きで好きで好きでたまらないです。

 

最近「あの頃の百合作品はよかった」みたいなツイートをSNSを見かけることがあるのですが、このように反復の郷愁が生じるからにはポップカルチャーとしての百合というジャンルは幼年期を終えようとしている。つまりこれから成熟する。

まぎれもなく、恐らく、たぶん。(確信はない)

 

2017年に入って、ゆりめいとや百合展に行ったり、アニメ見たり漫画読んだりする限り、百合って今は大人気としか見えない。

百合が大人気であるようにしか見えない。

でも、長年の百合ファンの方々の実感あるリアクションとして「自分の好きな百合は終わってしまった」というコメントをよく見かける。

そのギャップが私は気になっている。

 

百合の何が終わったのか?

SNSで昨年の夏頃にやっぱり自分は復刊のことを持ち上げてみたのですが反応がまったくなかった。

フォロワーのある方は「復刊はなんか違う」「kindleはリクエストしている」というリアクションをしていらした。

その「なんか」って何なのか。

というのは「あの頃」と呼ばれる頃の自分は百合漫画やラノベにうつつを抜かす暇がなかったり、その時期にリアルタイムで百合作品に接触することができなかった。

リアルタイムで接触していた熱情さえあったならともかく、今は昔の古き良き百合コンテンツとされているものに今さらになって「新しいもの」として接してしまっているのが自分だ。つまりは出遅れているので、百合の何が終わったのか? ということがわからない。今更紙の本になってもなあというのがリアルタイムのファンの見解なのかなあとも思っていたのです。

でも、もしかしたらそれも違うのかもしれない。

つまり復刊って「愛蔵本」になるってことなんですよね。

愛するものが「愛蔵」「名作」化されること、レガシー化されることを忌避されているのかもしれないな、と感じています、なんとなく。

こういう名作化ってつまりは一般化されることの始まりだし、クリエイターにもお金が届くし私は復刊ドットコムを活用するなどしていきたいのです。

もしかしたら一定数のファンは一般化されることを望んでいないのかもしれない。

でも、いつまでも「百合」が稀覯本であることを「あの頃」の値が釣り上ることを望むなんていうことがあるんだろうか?

 しかし、百合書籍をもっとたくさん売るために出版社が何をするかっていったら新人発掘と新作発掘しかできないわけですよ。出版社って出版という商売をする人々の事だから新しいものを見出して企画書出して会議にかけて制作して掲載して編集してやっと書店に持ち込む一冊を作らないとならない。

出版社って新しいものを作るのが仕事なんですよ。たぶん、恐らく。これは別に出版社をけなしているわけでもなくて、彼らも大変なんだ、ということなのだ。

でも、そうでしょう? それくらいは誰でも知っているはず。

 

でも、それを念頭に置かず、出版社主導に物事を考えて懐古主義に陥ってしまうのは仕方ないのかもしれない。

けれど、別に嘆く必要はないんじゃないのかな、ということが言いたい。

懐古主義に陥ってしまうのは何故なのか。リクエストすればいい。

 

百合に限らず、読者は好きな作品に関しては主体性をもつ必要があるのだと思う。

何をロングセラーに至らしめるかは自分で決めたい。

そう思ったのでリクエストしてみた。

他人がどうかは知らないけれど自分はそうしようと思ったのです。