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近況

 

箇条書きでまとめておこうと思う。

 

・どの会社の賞にどの作品を出せばいいのか悩む。

なんとかその目処は立ったように思います。

さしあたり記事執筆は控えめにして小説を書こうと決めた。

 

・税金の書類

めんどくさいながらも不明点をつぶやいたら幼いころ大好きだった、私にとって原点のようなアニメのキャラデザの先生からツイッターでアドバイスをいただきました。驚きと感動。あまりに懐かしくてそのシリーズを調べてみたら60話を超えるタイトルで自分はほとんど全部見れていない、あるいは覚えていないことに気づく。幼い頃はその主人公が友達のような存在で何でもわかりあえる仲だと、それくらいに感じていたはずだ。それがいつの間にかそれは作品であって、感じ方がかわり、こちらは年をとってしまった。魔法少女にあこがれていたわけではないのだと思う。私は魔法にあこがれていた。そしてそれはかなわないし存在しない。それにとってかわるものが世の中にはあると思うようになった。作品としてすら、全部視聴できていたわけではないと気づく。

いいのだ、それで。まぼろしだったとしても、強烈なまぼろしが子供には必要だった。

そして大人になって手に入れたっていけないことはないはずだ。

一通り見てみたいなあ。

 

・ヴァルキリードライヴ感謝祭

女性声優さん大集合(総勢16名)のイベントに参加してきました。ある程度予習して行ったのですが目当てはやはり敷島美零や天龍田を演じていらっしゃる井口裕香さん。けれど実際にイベントを見ていたらどの方もそれぞれに魅力的で終始胸が熱いイベントでした。顔がかわいいなーと感じた声優さんはやはり熱いファンがついていたり。意外にドラマチックな展開があったり。

声優さんも優等生タイプと野生児タイプがいるんだなーとたった二時間ほどのイベントを見ていただけで実感できました。驚いたのはファンの熱の入りっぷり。私はアニメとソシャゲのみなのですが、コンシューマの声優さんに熱いファンの方がいらして無料でCDを頂いてしまいました。「聞いてください!」とのこと。不特定多数に無料で進呈しているとのこと。驚きつつ頂戴しましたが、よかったのかなあ。1700円もするんだよ。すごいね。

場所は代々木だったんですが暇つぶしで寄ったゲーセンは音ゲーに椅子が備え付けられていて「上品かよ!」と突っ込みながら遊びました。

帰りはアニメショップに寄って、友達はまもりちゃんのアクリルキー、私は美零さんのアクキーを買いました。楽しかったです。中学生の作文か。

 

・片付け

押入れの中を整理する上でクリアケースを増やすのがいやで、棚を利用することにした。アマゾンで検索したらそれなりのものが存在すると判明。ハンズや無印で探しかけたのですが高いし遠い(店があっても品がない)など、いろいろ考えて西友で探すことに。結構さまざまなタイプがあってありがたい。

棚というより単なる高さを調整できる台なので安価。サイズや状況をみながら少しずつ手ごろな台を追加していくことにした。何かのキットみたいで少しうれしい。普通に便利なものがなんだかんだで一番ありがたい。

ところで西友の玩具売り場や文具売り場、仕事帰りの22-24時頃にほとんど誰もいないフロアでシルバニアファミリーや小枝ちゃんシリーズのおうちやらを眺めていると幼かった頃に比べると変わっているのはアニメグッズくらいで自分が何者かわからなくなりそうに。昔はクリーミイマミやミンキーモモのグッズだったものがプリキュアになっているくらいで、あとは同じだ。

ここはもう天国だから好きなものを手にとって好きに遊んでいいのだよ、とでも言われているような気になってくる。もう親もいずれいなくなって子供も生まずに彼女もできずに一人きりでいるのなら、今は猫がいるからいいけど、本当に一人きりになったら、こういうものに年金を費やしながら死んでいくのが幸せなのかもな、と思ったりする。

幼い頃苛烈にほしかった玩具を握り締めながら。

いいや、やめようこういう話は。

さっさとシルバニアでも何でも揃えてしまえばいいではないか。(つまり本当は買いたいけれど恥ずかしいだけです)

お金がないから買えないと思っていたけど本当はただ与えられなかったものへの憧憬が強すぎるのかもしれない。いい大人だというのに、失ったものを最近よく思い出す。いい大人だからかもしれない。急に衝動的にサンリオの懐かしいキャラクターグッズが復帰しているのを見て慌てて買い付けてしまったりしている。

これは気まぐれではなくて自分なりに理由があるのだけれど。

 

電子書籍作成

とてもまじめにこつこつやっている。

これが終わったら新しい創作をやりたい。

投稿だけでなくて。

 

・「ハーモニー」

たまに寄るようになっていたとらのあな新宿西口店が閉店するという。いつもそこでPVを流しているので気になっていた伊藤計劃 作品を購入した。まだ全部は読んでいないけれどゼロ年代のSFというのが気になっていた。

ロスジェネとかゼロ年代とか呼ばれる世代だ。『虐殺器官』から手をつけるべきなのだろうけれど。どう考えても百合のにおいがする『ハーモニー』から入ってしまった。

筆者の問いと答え、というものが凝らしてあった。普段から感じているすっきりしない気持ち、この感覚を突き詰めていくとどこにたどり着くのかという問いと答えがあったように思う。構成がいいとか、人物がいいというのもあるだろうけれど、きちんとSFとしての理を貫いているので、これは不世出の、と冠がつく名作だと実感した。

しかしこの物語の回答を胸に抱いたまま世を去ったのだとしたら悲しい。続く『屍者の帝国』できちんと確認してみたい。

個が全体にのまれる、というテーマはいろいろな描かれ方をされてきたけれども、スリーナインも地球幼年期の終わりでも扱われてきたけれども、伊藤計劃作品のリアルなところは「全体」が異星人でなく地球人で、もっというなら日本にしかないといわれている用語「社会人」だということだ。これは純正の日本のSF、最新式のSFなのだと思う。つまり「空気読め」とはどういうことか、を哲学しているのだけれど、拡大していくとやっぱり恐ろしいことだよねという。「空気」と「たましい」のぶつかりあい。

なぜ日本の、と感じるかというと「空気」がつまり道徳心と恥じらいという意味だからだ。特に「恥」の部分。日本はここを克服しなければいつまでも強くなれないと感じる。政治的な話ではなしに。ここが弱いままだといつまでも梅雨のように陰湿だ。

 

創作としての視点で見れば純然たる天才だと思う。これは、この年齢でこの作品を書き上げるのは尋常ではないと感じた。まるで前世哲学者だった人が遣り残していたことをなすためだけに生まれてきて、ぽっと書いて、終わったから天にあがってしまったような印象。惜しいという言い方は好きではないけれど、あまりに早い。悔やまれる。

 

・読書自体は現時点で平行して読んでいるものが10冊近くあってどうにかしたい。

 

 

 

 

 

そう、とらのあな新宿西口閉店は悲しいなあ。百合の漫画や同人誌を勤務帰りに買えたのに。